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2010年01月15日

火災から消防という地域ボランティアを選んだ

今週担当の加藤です。

さていよいよ我が家が火事になった、ところまで書きました。

慌てて119番通報をしたあと、消火器での消火、そして屋外に出たわけです。
3階部分の窓からは煙が出て、パキパキと音を立て、が燃え上がりました・・・

見物人も多く、ある種混乱状態です。
その中で母親がいないと騒ぎになりました。
が、しばらくして安否が確認され、ほっとしたところで消防車が赤色灯をまわし、サイレンを鳴らしながら駆けつけてくれました
数台の消防車でまわりは騒然となりました。
本格的な消防活動の始まりです。

見事に手際よく、あっという間に水がホースより飛び出しました。
みるみるうちに炎は小さくなり、およそ20分ほどであったでしょうか・・・
犠牲者はなく、火災は無事鎮火しました。



・・・・・・3階部分のおよそ半分は焼けてしまいました。

完全な鎮火までは時間がかかり、消防車が引き上げ辺りに静けさが戻ったころ、焼け焦げた我が家に再び入り、階段を上がっていきました。
3階の火元からは炭になった梁や柱から星空がすっかり見えたのを覚えています
自然と涙が出たのも、この時でした・・・・


結局半焼の扱いになり、後日火災保険など諸々の手続きを経過したうえで家は建て直し、今に至っています。




今思うと(悪)夢のような時間でした・・・




残念なことですが火災はこのようにして起きるのです。
所詮は「失火責任は我が家にある」わけでした。

こういった場合、火災保険にきっちり加入していないと家の再興はなりません。
また不運にも隣近所に延焼させていたならば、今の生活もありません
本当に不幸中の幸いでした。


しかし、何よりも感謝しなければいけないのは、消防の皆さんの活動ぶりです。
地域消防団の方々の迅速な消火活動、消防署の的確な消火活動があってこそ半焼で済むことが出来たのです。

この一件を契機に、加藤は地域消防活動(ボランティア)を率先して申し出て行なおう、と決心しました。
社会人にデビューしたと同時地域消防団に加入して、今に至っています。



そう、恩返し・・・なのです。


後日談ですが、我が家の前の駐車場では広い訓練スペースが確保できることと、消防水利である防火水槽が近くにあったため、毎月のように「放水訓練」をしていました。
なので、我が家の火災の折には、そのホースの筒先の向きを180度逆にすることで、訓練時と同じ要領で消火活動が出来たのだそうです。

これも不幸中の幸いのひとつでした。


加藤は今でもあのときの火災を忘れることは出来ません
肝心の火元の原因は加藤個人ではありませんでした。
ですが、忌まわしい記憶を「火は怖い」という教訓としていつまでも脳裏に残しておきたいと思っています。


加藤が力を注いで出来るボランティア・・・・
それは地域消防団活動なのです。


このボランティア活動(ライフワーク)が続けられるよう、本業の仕事をがんばり、健康であり続けていこうとも思っています。



まさに冬場・・・乾燥が続きます。

皆さんも火の元には十分注意してお過ごしください





では、また暖かかくなったころにお会いしましょう・・・・・さようなら。
posted by TEC at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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